選民的な考え方の人は嫌だ、という話をします。
昔の話です。多少フェイク入れますがほぼ実話です。
やべー上司
私は何年か前に会社の上司に進められてビジネススクールに通っていた。
会社の上司は「その学校に自腹で通うと昇進させてあげる」という事を言ってきた。
費用は数か月で10万ほどかかった記憶があるが、昇進したら昇給するので長い目で見たら回収できると思ったので通うことにした。
そこでは論理的思考やクリティカルシンキングといったビジネスに関する考え方を学ぶことができて、内容自体はとても良かった。
問題はこの先で、その上司自身も、そのビジネススクールの大学院に通っていたのだが、その費用約300万円ほどの費用を会社から出してもらっていた…というのが後から発覚した。
自分が会社から300万円出してもらっているのなら、部下の10万円くらい会社に掛け合ってくれても良いのでは?と思った。
(というか、私なら確実にそうする)
この事で、正直この上司に対しての不信感が募った。
ちょっとのズルがいっぱいあった
よくよく観察していたら、この上司は部署の飲み会などに行くときに、普通に割り勘で徴収していたのだが、後からその店のコースを見たら幹事無料コースみたいなものだったりして、自分だけ無料で飲み食いしていたりした。
また自分のクレジットカードで支払って、ポイントを溜めたりしていた。
その上司はついに会社の経費で自分の家の家具を買っていて、それが会社にバレて問題になっていた。
その家具は間違って買ったという事だったようだが、私は正直(ほんまか?)と思っていた。
その上司が、部長の権限で会社のお金を不正に使っているのではないか、という噂が回っていた。
女性の同僚Aさんが、その真偽を確かめようと動いていたらAさんは別部署に飛ばされてしまった。
その上司はいつも残業していて、みなし残業を超過した分の残業代を貰っていたようだが、何のために残業しているか不明だった。
特権意識や選民思想はみにくい
この上司と話していると「自分は賢くて周りはバカ」みたいな発言が多かった。
実際その人は賢い大学を出ていたので、優秀な人で、仕事も頑張る人ではあったが、人格的に問題があったと思う。(実際その人が原因で何人も退職していた)
私は専門学校卒でその人に言わせれば「学歴が無い」ので、学歴の話になると居心地が悪かった。
そんな事もあり、私はこの上司といる時は、学歴コンプレックスが強まってしまった。(今はない)
ナチュラルに「自分は特別な人間、特別扱いをされてしかるべき人間」と思っている人がいる、というのは私にとってカルチャーショックだった。
私の友達は大体漫画好きな人たちで、絵を描いたり小説を描いたりしていた。
そういう人は心が優しい人が多いし、謙虚な人も多いので、私は選民思想とはかけ離れた場所で生きてきたのだ。
この上司はずっと体育会系で生きてきたと言ってたので、いわゆるホモソーシャルな社会(男性同士の結び付きが強い社会)で生きてきた人だった。
弱い人間への風当たりがいかにもきつそうな環境である。
私は「自分は特別な人間だ」と思っている人はシンプルに感じが悪いと思うし、本当に苦手だ。
全く考えが合わない。
「自分は特別」の罠
冒頭で話したビジネススクールでは、講師は「あなたたちは選ばれた優秀な人たちだ」という事を何度か言っていた。
耳障りの良い言葉だと思った。
でも、私は居心地が悪くなった。
見え透いたセールストークだと思ってしまった。
事実、この学校には学費300万円の大学院がついていて、学校側はそちらに勧誘したいのだから。
「あなたは優秀だ!あなたは特別だ!」
こんな言葉を鵜吞みにしているようじゃ、簡単に詐欺にあってしまうし、詐欺じゃなくとも払わなくても良いお金をジャブジャブ払ってしまう人になってしまう。
学校の授業内容は良かったが、あなた達は選ばれた特別な人だ!というムーブは止めたほうが良いのではないかと思った。
でも、多分この言葉にまんまと乗せられる人は居るのだろうなぁ。
という気もした。
というか、前述の上司が多分それにあたる。
(だからお金が無くなって、会社のお金で家具を買って横領の噂が回ってしまうのかと、今これを書いてて腑に落ちた)
気持ち良くなることを言ってくる人に要注意
このように、あなたは特別だとか優秀だとか才能があるとか、そういう気持ちいい事を言ってくる人は多い。
むず痒くなってくる。
でも、私も実は過去何度もそんな気持ちよさに縋ってしまった事がある。
一時期、すごく友達が欲しかった時に
「あなたは漫画がうまい!素晴らしい!だから友達になりたい」
と言ってくれた人がいて、本当に嬉しくなってしまい、その相手に尽くしまくってしまった。
(自分には価値が無いから、相手に認めて貰うために相手の望むことは何でもしてあげないといけない、という心理状態)
相手も最初は大喜びする。
でも、結局相手のいう事を私が聞かなくなったら(自分の意思を優先したり主張したりしたら)ボロ雑巾のように捨てられてしまった。
そもそも共依存の相手の要求はとどまる事を知らず、エスカレートしていくので必ず破綻するのだ。
最初から過剰にほめて理想化してくる人は、私がその人の理想じゃなくなった時の手のひら返しがひどい。
あなたは特別、と言われたら特別な人間でいなきゃいけないと感じるし、相手の望むことを何でもしてあげたい気持ちになっていた。
でも、これは私も「相手に褒められたい、認めてほしい」という欲求を相手で満たしていたのだという事に、心理学を学んだ今ならわかる。
結局そこには利用しあう関係があっただけなのかもしれない。
少なくとも、真の真心や心温まる、心が触れ合うような交流ではなかったと思う。
どこか無理した、いびつな関係だった。
さみしい人、孤独な人は騙されるというけど、私も寂しかったからそのような関係にはまってしまっていたのだ。
なぜ寂しいのか?というと、自分で自分を愛せていないからなのだ。
孤独の共鳴
私は人と共依存的な関係に陥りやすいので、最近ではもう人とあまり深く関わらないようにしている。
共依存になりそうな人は見たら分かる。
孤独は共鳴しあう。
だから引き寄せられていく。
共依存関係は最初の時期は、空虚な自分が満たされていくような、強烈な一体感と気持ち良さがあるが、100%破綻する。
もうこりごりである。
アダルトチルドレンを治す過程で、共依存的な関係が恋しくなったこともあったが、今はもうその感覚がなくなった。
依存する事も依存される事もなく、これからは心穏やかに、境界線を大事にして生きていきたい。
脱線してきた!
共依存のことはまたどっかで書きたいと思います。

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