パワハラ体験記~この体験から学んだこと~

アダルトチルドレン

しばらくブログもご無沙汰でした。

仕事を退職して2か月ほどがあっという間に経ってしまいました。

今はだいぶ元気です(*^-^*)

パワハラで体調を崩して仕事辞めてから、色々思い返すことがあったんで、記録としてまとめておこうと思います。

私と同様の、パワハラ被害者の方を元気づけたい気持ちもあります。

自分の中でもまとまりきってないのですが、嫌な出来事というのは、良い出来事に至るまでの必要なプロセスなのではないか?という想いもあります。

まぁ、そんな感じの話をしていきます。

12月~今までどう過ごしていたか

退職して2か月ほど経ち、日常生活にも平穏が戻ってきました。

私も何か漫画の話とか日常の話とか、何か書いたり喋ったりしようかと思ってたんですが、どうしても今何か話すと愚痴が出てしまいそうで、そういう負の感情もまき散らすのもなんか違うよな、と思って黙々過ごしてました。

今は、少しずつ前向きな気持ちになれてきましたが、この二か月間は前職のことを思い出して嫌な気持ちになるという事を繰り返していました。

以前働いていた職場で、毎月3桁を超える残業時間(しかも未払い)に加えて、退職前の1~2か月ほどは毎日数時間に及ぶ暴言や叱責、退職時には脅迫的言動などをされ、私は健康状態が悪化してしまいました><

その事について、思い返すとだんだん腹が立ってきて、労働裁判を起こすか考えたりもしていました。

ですが、裁判って、もし勝ったとしても遺恨を残しそうですし、何より運気が落ちそうだなと思います。

過去のことばかり考えていても仕方ないし、今は体調も良いし楽しく過ごせてるので、もう良いかーという気持ちではあります。

なぜパワハラが発生したのか

過去のことを色々思い悩むよりも、なぜパワハラが発生したのかをちゃんと考えて向き合うほうが大切だと思いました。

パワハラはする方がもちろん悪いのですが、パワハラする人はターゲットを選別しますから、選ばれた私にも何か選ばれる要因があったという事になります。

事実、同僚でもパワハラに合わない人はいた訳です。

では、なぜ私はパワハラのターゲットになったのか?

考えられる理由としては、「相手の要求に答えすぎた」

という事ですね。

「今日中にやって!」と言われて、多少無理なスケジュールであっても嫌な顔せずに引き受けて何時間も残業してました。

ですが、ここで「もう就業時間が過ぎたのでそれはできません」とか、ちゃんと境界線を引いた対応をしていればパワハラがあそこまでエスカレートする事は無かったのでは?と思います。

仕事だからちゃんとしないと、とか、上司に認められたい!いう想いで頑張りすぎたなぁと思います。

そんな感じで働くので、最初は大変評価されるのですが、数か月たってくるとそのクオリティを維持しないと逆に責められるとかいう理不尽なことが起こります。

これは前々職でも同様のことが起こったので、あるあるなんだと思います。

境界線を引かないとどんどん要求はエスカレートしていってしまうのです。

最初から兆候はあった

正直、面接時からなんかこの会社普通と違う感じがするな…という違和感はあったのですが、早く就職したいと思ってたのと、したい職種だったという事もありそのまま就職を決めてしまいました。

面接してくれた人の顔を一目見た時に、目がギョロギョロとしていて口元ひどくが歪んでいたので、失礼ながら人相が悪いなと思ったのです。

最初の印象や直感というものはバカにできないもので、結果その人からパワハラに合うことになりました。なんでこんな分かりやすい兆候をスルーしてしまったのかと…自分が本当に甘かったなと反省しました。

そのほかには、具体的には「明日から来れる?」という性急すぎる契約です。

これは相当人手不足である明確なサインなので、自分もちゃんとそのサインをキャッチすれば良かったなと思います。

結局のところは、自分の色んな余裕のなさから自分でこの会社を選んだわけなので、愚かだったなーと思います。

体調にもサインが出てた

就職してからずっとひどい頭痛や不眠が続きました。

あれも今思うと体が警告を出してくれてたのだなーと思います。

体の声を聴くって大事なんだなと思いました。

ストレスで呼吸が浅くなるとよく言いますが、例に漏れずそれになってしまい、日常生活する上でもずっと、深い呼吸ができなくなってしまいました。この時にさすがに体の限界を感じて、退職を決意しました。

体がこんなに沢山のサインを出してくれているのだから、それをしっかり受け止めてあげることが大事だったなぁと思いました。

考えてみれば、今まで体を酷使して鞭打ってきたよな…と思いました。

たった一つの、自分の大切な体なのだから、大切にしてあげなきゃダメだよなぁと今回の件を通じて痛感しました。

パワハラする人・される人

パワハラする人とされる人は、いわゆるアダルトチルドレンの共依存関係と非常によく似ています。

パワハラする人は相手に対して過度な要求を行い、それを叶えてもらうことで、要求を叶えてもらえるほど自分は価値があるのだという満足感を得ます。

逆にパワハラされる側は、過度な要求をされてそれを実行できることで、自分は必要とされている、求められているんだという満足感を得ます。

ある意味非常に相性が良いわけです。

私にもやはり、そのような「必要とされる喜び」が無かったと言えば嘘になります。

特に、私は約2年ぶりの就職だったので、自分の能力が通用するのか不安な気持ちもあったので、仕事ぶりを認めてほしいという想いが強かったのです。

共依存関係では、パワハラする側をナルシスト型と呼び、される側を感情移入型と呼びます。

私はただでさえ人に感情移入しやすいHSPの気質があるので、今までの人生で「困ってるから助けて」「あなたしかいない」など言われたら、相手のお願いを聞くことが多かったのです。

でも、それで相手のいう事を聞いたところで結果的に相手から雑に扱われることが増える…と今までの経験で学んだので、プライベートでは最近はちゃんと断るようにしています。

ですが、仕事となったら話は別で、正社員なのだから自分に依頼があった仕事はちゃんとやろうと思って、無限に引き受け続けることになっていました。

この対処法は正直今も分かりませんし、自分で裁量を持ってできる仕事じゃない限りは同じことが起きるのだろうなぁと思いました。

搾取する人は搾取される

意外かもしれませんが、今回気づいたことがあります。

それは、搾取する人は搾取される、という事です。

私にパワハラをしてきたAさんは、私やその他立場の弱い人からは搾取していましたが、そんなAさんから極限まで搾取しようとするズルい人物もまた、Aさんの周りに何人もいました。

私は第三者なので、Aさんから搾り取ろうとする人物は見たら分かるのですが、Aさんはあまり気づいていないようでした。

搾取する人が搾取されるというのは、何か不思議な感じもしましたが、同時に妙な納得感もありました。

Aさんには、人から奪おうとしている人特有の汚いオーラがあり、そういう人物からは取れるだけ取ってもいいという質の悪い人間が寄ってきてしまうのだなぁと思いました。

私はAさんに憐れみを感じました。

Aさんは私よりも年上でしたが、ずいぶん不幸な人生を送っていると思いました。

奪うか奪われるかという価値観で生きており、誰かから差し出された優しさという水も一瞬でカラカラに乾いてしまうようでした。

ある時、Aさんの心の中が見えるような感覚になりました。

それは本当に荒涼な景色で、むき出しの岩場のような、緑や水が一つもない寂しい景色でした。

また、Aさんは四六時中人の悪口を言っていました。

Aさんに親切にしてくれた人の事さえ、影ではひどくけなしていました。

Aさんを見ていると「さもしい」という言葉が浮かんできました。

心が汚くいやしく、あさましい、という意味の日本語ですが…。

人に対してこのような表現になるのは大変失礼なことだと思いますが、これほどまでにしっくりくる言葉はないと思いました。

離脱

Aさんからの度重なるパワハラで体調を崩してしまったので、私は退職を申し出ました。

Aさんは私を子分か何かだと勘違いしていたようなのでずいぶん動揺し、いきなり褒めてきたり泣き落としのような事をしてきました。

本当に絵にかいたような、ナルシストからターゲットが離れていくときの言動だなぁと思いました。

あれだけこき下ろしていた相手に対して、引き止めたり褒めたりするのは私にとっては理解できない言動でした。

私の中にもAさんへの情や、会社を去る罪悪感があったので、できるだけ譲歩してアルバイトなどで残業のない働き方で残ることも考えたのですが、そもそも能力的にできない仕事を任されるなどの別の問題もあり、やっぱり継続は難しいなと判断して辞めることにしました。

辞める前の2週間はパワハラが激しくなり、無視や暴言が増えました。

辞めるやつは徹底的にいじめてやろう、という感じで、もうメチャクチャだなと思いました。

退職後も必要な書類を依頼しても出さないと言われたり、不当な契約書にサインしろと言ってきたりと、最後の最後までAさんはヤバさを醸し出していました。(サインは断固としてしませんでしたが)

余談ですが、Aさんは過去の軽犯罪を武勇伝のように語っていて、多分一生理解しあえる事がないタイプの人種だと分かっていたので、もはや何が起こってもあまりショックは受けませんでした。

私の方も完全に感覚がマヒしていました。

この体験から何を学ぶか?

とまぁ、去年は色々と、散々なことがあったのでした。

退職後しばらくはこの事を思い出して、しんどい気持ちになっていました。

ですが、大切なのは、この体験から何を学ぶか?という事だろうと思います。

正直、Aさんを責めても何にもならない、と思っています。

大事なのは、なぜこの出来事が起こったのか?宇宙は私に何を伝えたいのか?

という事を真剣に考えることだろうと思いました。

過去の出来事を思い出す

私は今までの人生で、このようなナルシスト型の人間と共依存になった経験が何度もあります。

相手からの欲求はエスカレートし、私が応えきれなくなって、もう限界だと告げて関係が終わるという事が多いです。

私が離れると、相手は大体すごく怒ります。

あるナルシスト型のBさんに至っては、同人活動の人でしたが、私が関係を絶ってから、私と同じ同人イベントに出る予定がありました。

Bさんはイベント前に「人を殺したい気持ちだ」とツイートしていて、それは誰にあてた感情かは書かれていませんでしたが、私は、自分への憎しみがBさんの中にまだあるのだろうと直感的に感じました。

怖すぎるし、悲しいというのが率直な気持ちでした。

私は、あんなに相手に尽くしてきたのに、離れたらこんなにも憎悪を向けられるのか…と思うと本当に悲しく、自分と相手の時間は何だったんだろうと思いました。

相手の憎悪の理由が分かりませんでした。

ですが、今回の会社でのAさんからのパワハラにより、その理由が少し分かったような気がしたのです。

自己肯定感の低さ

共依存になる二つのタイプ…ナルシスト型と感情移入型の二つですが、それぞれに共通していることは、両者はともに自己肯定感が低く、自己の価値を他者に依存しているという事です。

私のような感情移入型のアダルトチルドレンは、相手から求められた事を行い、相手から褒められたり承認されることで、つかの間の自己肯定感を得ます。

対してナルシスト型は、相手が自分の要求を呑んでくれる事で、自分に価値があると感じて自己肯定感を得ます。

ナルシスト型の人間にとっては、私が去るという事は「あなたは要求を呑んでもらえるほどの価値がない人間だよ」と言われているような気持ちになるのではないか?と思いました。(実際は私はそんなこと思っておらず、自分が限界なので去るだけなのですが)

確かにこう考えると、私がナルシスト型の人から去った時に、相手が怒り散らしたり発狂した理由が分からないでもないです…?いや、やっぱり分からんけども。

んー、つまり、相手からしたら自分の根幹が揺らぐような不安とか自己否定感が襲ってくる出来事なんだろうと思うんです。

例えば感情移入型の人間からしたら、「あなたに頼みたいことなんてない」とか「話聞いてもらわなくても大丈夫」とか言われたら、寂しい気持ちになったり、自分は何の価値も提供できない存在価値のない人間だ…と思うのです。

感情移入型の人間は「誰か私を必要としてほしい」という切なる願望を持っているので、誰からも必要とされなかったら不安でしょう。

ナルシスト型にも同様の不安感などが起こるという事でしょう。

でも、往々にしてナルシスト型の方が攻撃性高いよなと思います。

実際の事件でもよくある

恋人に振られた腹いせに相手を殺す、という人がいます。

このようなケースも、殺す側の人間はナルシストではないかと思います。

非常に身勝手で冷酷な犯罪で、絶対に許してはいけないと思います。

自分から離れていくから殺してしまえ、というのは愛情ではないし。

だが、現実にこのような事件は後を絶たない…。

宇宙からの声

私は自己肯定感が低いうえにHSPで、相手の感情などが自分の中に入り込んでくる感覚になる事が多く、嫌なことがあっても言い返さずにいたり、相手の無茶を聞くという事が今まで沢山ありました。

ただ、今回のことで、今まで私の身に起こってきた様々な理不尽…パワハラや暴言などは、全て私が引き起こしてきたものだったのだなぁ…という事が本当によく分かりました。

自分が自分を粗末に扱うことで、周りの人が私を粗末に扱う…。

「自分を大切にしなさい

というのは良く聞く言葉で、誰だって分かっている事です。

私も、頭ではそれを分かっていたのです。

でも、分かっていても実際は、他人からの要求を自分の気持ちよりも優先する…という生き方をずっとしてきたと思います。頭で分かっているのと、実際に行動に起こせるかは別物なのです。

でも、今回のパワハラ事件で、私は本当に本当にこんな場所にいたらいけないと思ったので、自分の意志で決めて去ることができました。

自分の居場所はここじゃないと、心の底から思うことができました。

自分はこんなに粗末に扱われて良い人間じゃないんだと、本当に心の底から思い、主張することができました。

それを相手に主張した時、私の中に白い光が弾けました。

強いイメージ。

閃光…。

その時、私が私を大切にするという、強く、誰にも汚せない光が自分の中にあるのが、はっきりと分かったのです。

その時、「ああ、私はもう大丈夫なんだ」と。

私が一つの、何か大切な一線を越えることができたのだと、分かったのでした。

大きな愛の中で…

人生には必要なことしか起こりません。

これは、宇宙が私に与えた、ある種のショック療法だったのではないかと思うのです。

宇宙は、時に優しく、時に厳しく、私たちの道を正してくれます。

自分を粗末に扱うというのは、こういうことなんだよ!

あなたは、これからどう生きていきたいの!?と…

今後の選択を突き付けられるような、とどめを刺されたような気分でした。

絶対に居続けるのが嫌な場所に置いて、選択を突き付けるなんて…。

宇宙はなんて優しいのだろうと、大きな愛を感じずにはいられませんでした。

そう。

「自分を大切にしろ」と…。

宇宙は私にそう言ってくれたのでした。

そして、この会社にいた期間で学んだことも多く、長時間労働と引き換えに得た技術や知識も、私に沢山の自信も与えてくれました。

きっとこの経験は、これからの私を助けてくれることでしょう。

終わりよければ全て良し…という、晴れやかさすらも、今は感じています。

感謝と共に

自分にとって嫌な体験や嫌な人物が、実は自分の人生を好転させるためのキーパーソンである、という事は実は多いのではないかと思います。

そして、その逆もしかりで、良い出来事がその人の人生を良いものにするとは限らない。

例えば、よく言われる例ですが、宝くじに当たると不幸になる。というものがあります。

つまり、宝くじに当たったという情報が漏れてしまうと、そのおこぼれにあずかろうとするズルい人間たちが周りに寄ってきて、人間関係が変わってしまうから不幸になってしまう…というものです。

本当にこれはそう思う。

私も、今まで自分に自信がなかった。

だから、ずっと人の役に立つことをして人から認められようとしてきた。

私は善意のつもりだったけれど、無意識的には相手からの承認を求めていたのだと思います。

でも、私がそんなふうにして寄ってくる人は、良い人ばかりではなかった。

今回のことを経て、私は、誰だって、誰かの役に立つ必要なんか無いのだな…と思いました。

むしろ、誰の役にも立たない、自分が好きなことしてるだけの人になろう!…と、今は思うのです。

そして、その過程で知り合う人はきっと、良い人達だろうと。

そんな人たちと一緒に生きていけたら、私の人生はとても豊かなものになるだろうと…。

この事に気づかせてくれたのが、Aさんというのは、ずいぶん皮肉な話だけど。

Aさんは私にとっての救世主だったのかもしれない。

人との出会いは不思議なものだ。

必要なときに、必要な人に出会うようにできているのでしょう。

宇宙よ、ありがとう!

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