モラル無き水瓶座時代!?

コラム

最近は占い師仲間との活動が活発化してきている。

ココナラに出品している占い師Aさんに、面白い話を聞く機会があったので、今日はその話をしたいと思う。

ズバリ、ココナラの占い市場は、現在もう

盛り盛りマーケットになってしまっている

という話だった。

私もココナラは、以前「同人作品の感想屋さん」について調べた時にリサーチした事がある。

簡単に言うと、個人があらゆるスキルを販売できるサイト、それがココナラである。

そしてココナラの一大ジャンルとして、占いがある。

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Aさんによると「もう普通のカード占いじゃ売れない」との事で

確かに占いで検索してみると、霊感、霊視は当たり前。

前世も見れるし金運も上がる、気になるあの人を振り向かせることもできれば潜在意識も書き換えられる。

更には動物とも会話できるし強制縁結び……なんてパワーワードも見つけてしまった。

日本の占い師すげえなぁ…

というのが私の率直な感想で「こんなの、魔法と同じじゃないか!」と思ったのである。

強制縁結びだなんて…世の中には諦めないといけない事はある。

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高橋桐矢先生がご著書「占い師入門」で話されているように

・「霊感」とは誰でも持っている「直感」の事である。

・「霊視」は見えないものが見える力の事で、持っている人は少ない。

とされている。

一つずつ個人的な意見を述べていきたい。

「霊感」とは誰でも持っている「直感」の事である。

私は今まで霊感というのは幽霊を感じたり見える力の事だと思っていたので、自分のタロットの事を「霊感タロット」と呼んだことはなかった。

だが事実、タロット占いをしている時は直観力はフルに使うので、私がしている事も「霊感タロット」と言っても良いのかもしれない。

確かに、普通に「タロット鑑定します!」というよりも「霊感タロットします!」という方が何か凄そうな感じがするので、マーケティング的には良いのだろうなぁと思う。

ただ、私の中の刷り込まれた「霊感=幽霊見える」という先入観で、どうも「霊感タロット」という言い方をする事に気恥ずかしさと少しの後ろめたさも感じてしまう。

お客さんに「アリエスさんは幽霊が視えるんですか?だって霊感ってそういう事でしょ?」と聞かれたら、答えはNO!私は視えません……だ!

それは少し不格好な感じもする。

とはいえ、やはり占い師も目立ってなんぼの世界という事もあるので「霊感タロット」というネーミングに関しては良いのではないかなぁと思った。

「霊視」は見えないものが見える力の事で、持っている人は少ない。

私はどちらかというと、問題はこちらにある気がしている。

霊が見える、というのは結構な特殊能力だと思う。もちろん実際に守護霊が見えたり、悪霊を払えたりする「ホンモノ」も実際に存在するだろう。

だが、答え合わせができないものである以上、どうしてもインチキ霊能者も出てきてしまう領域だと思う。

また、実は霊視というのは、占い師本人も「その映像が妄想か霊視か判別できない」という問題があるらしい。(これは実際に私の知り合いの「前世が見える人」もそう言っていた)

高橋桐矢先生は、そういった理由でご自身は「霊視鑑定は行っていない」と本には書かれている。

私も頭の中に急にビジョンが浮かんでくることはあるのだが、正直それがどこから来るのかは不明だ。ただの自分の中の妄想のような気もするのだ。

とはいえ、実はココナラで「霊視鑑定」はかなり人気があるらしい。

お客さん目線で考えると、占い師というミステリアスな存在は、魔法使いのようにも感じるだろうし不思議なパワーがあると思っているだろうから、どうせならスピリチュアルの最高峰の「霊視」をしてもらいたいと考えるのは至極自然な気がする。

私も以前、ヒーリングマーケットで前世を見て貰った事があり、とても楽しかったので、エンターテイメント的に捉えて楽しむのも一興だと思う。

霊視や前世見関連に限らず、一歩引いて、すべてを鵜吞みにしないという視点は占いユーザー全てが持つべきものだとは思うし、逆にその姿勢があればどんな占いを受けようが問題はないと言えば、無い。

占いは地道なもの

私自身は、西洋占星術とタロットをしているが、最初の頃は特に、あまりにも覚える事が多すぎて気が遠くなった。エクセルでアスペクトの表を作って机の前に貼ってみたり、ノートに鑑定結果を書き出してみたり、YouTubeで勉強動画を見たり…色んなことをして少しずつ覚えてきた。

今でもまだまだ道の途中だと感じながら勉強を進めている。

タロットにも占星術にも、一定の理論がある。

例えば、太陽と月の90度の角度を持って生まれた人は、感情としてやりたい事(月)と公の自分としてしたい事(太陽)の間で葛藤(90度)が生じやすい傾向にある。例えば、人と関わりたいのに関わりたくない、みたいな、ややこしい内面の葛藤が生じる…

みたいな感じだ。

また、以前私自身も20年経験を積んできた占星術師の先生に鑑定をして貰ったのだが、やはり決め手としてはその20年という長い期間に蓄積された学びの深さだった。

それだけ長期間占いに向き合ってきた、という事自体すごい事だし、そういう先生方は皆さん口をそろえて「自分なんて、まだまだだ」と仰る。占いとはそういう世界だ。

そして、私もそんな先生方に憧れて、そんな占い師になりたいと思っている。

そもそもジャンルが違う

ここまで書いてきて思ったが、そもそも占星術、タロット、霊視と、全てジャンルが違うのだから習得方法も異なる。

そんな中、霊視系の占い師さんは、一番生まれ持った体質や才能によるところが大きく、家系的なものも大きい。例えば先祖がイタコ、巫女、ユタ等、そういう引き継がれた血筋というものが強く出る。

事故で失明などをきっかけに霊能力を授かったというケースもよく聞くので、霊視などの霊能力はもはや人間側の意識でどうこうできる領域ではないように思う。

占星術やタロットは、一定勉強をした人であれば理論的に読んでいく事は可能なので、ある意味誰でもできるのだが(根気や探究心は必要だが)霊視はそれができないジャンルだと私は認識している。

それだけに、とても貴重な存在だというのが私の「霊能者」へのイメージだった。

だが、事実ココナラには「自称:霊能力者」が溢れまくっている。

「そんなに日本に霊能者居るの?!」というのが私の正直な感想で、霊視だなんだと商品名につけて、とりあえず目立って売れたらいい、みたいな人も一定数居るように感じる。それは本当にお客さんの事を考えていると言えるのだろうか?

…だが事実、霊視系ジャンルは人気がある。

そしてその事実に、私としては(何だかなぁ)という気分にさせられる。

‥…。

…だが、私が今そんな事をウジウジ言っていても、何も始まらない。

ある種の嫉妬が、私にこんな記事を書かせているのかもしれない!

余談だが、霊能力者特有の星の配置というのは存在する。ホロスコープを見る事ができたら、その霊能力者が「ホンモノ」かどうかは分かるのだが、占い師や霊能力者は自分のホロスコープを公開しない傾向にある。見る人が見たら、あらゆる個人情報を割り出せてしまうからだろう。

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世間では、東京都知事選挙のポスターに女性用風俗店のポスターが貼られたり、卑猥なポスターが貼られたりと、もはや目立てば何でもアリ!の様相を呈している。

時は冥王星水瓶座時代。

情報や技術革新が一番大切とされ、山羊座が守ってきた伝統やモラルが崩れていく時代である。

東京都知事選のモラル無き現状は「何でもござれ、サービス過剰!」のココナラ占い市場とも、なんだか通じるものを感じてしまって、私は辟易した。

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