日本神話において、イザナギ(伊邪那岐)とイザナミ(伊邪那美)は、国生みの神として知られています。
しかし、イザナミの死をきっかけに、イザナギが黄泉の国を訪れる悲劇的な物語があります。
日本神話
イザナミの死とイザナギの決意
イザナギとイザナミは、国生み(日本列島の創造)と神々の誕生を司る神でした。
しかし、イザナミは「火の神カグツチ(軻遇突智)」を産んだ際に火傷を負い、命を落としてしまいます。
愛する妻を失ったイザナギは嘆き悲しみ、「どうにかしてイザナミを連れ戻そう」と決意し、死者の国である黄泉の国へ向かいました。
黄泉の国での再会
黄泉の国の奥深くへと進んだイザナギは、ついにイザナミと再会します。
彼は、「この世に戻って一緒に暮らそう」と懇願しました。
イザナミは一度はそれを受け入れますが、こう告げました。
「私はすでに黄泉の国の食べ物を口にしてしまった。黄泉の国の掟により、簡単には帰れない」
それでもイザナミはイザナギのために神々に願い出ることにし、「その間は私の姿を見てはならない」と約束させました。
禁忌を破るイザナギ
しかし、イザナギは待ちきれず、黄泉の国の暗闇の中でそっと櫛(くし)に火を灯し、イザナミの姿を覗いてしまいました。
そこにいたのは、腐敗し、ウジが湧き、雷神たちがまとわりつく恐ろしい姿のイザナミでした。
恐怖に駆られたイザナギは、思わず悲鳴を上げ、逃げ出しました。
黄泉の国からの逃走
イザナミは怒り、「なぜ約束を破ったのか!」と叫び、黄泉の国の鬼や雷神たちを差し向けました。
イザナギは必死に逃げながら、髪に挿していた湯津々間櫛(ゆつつまくし)の折った歯を投げると、そこからタケノコが生えて黄泉醜女(よもつしこめ)たちが食べるのに夢中になりました。
さらに、黒つる草でできた髪かざりを投げると、地面に落ちて山ぶどうの木が生えて黄泉醜女たちが食べるのに夢中になりました。
イザナギは、そうした様々な機転を利かせながら追っ手を振り切りました。
黄泉の国の出口(黄泉比良坂)にたどり着いたイザナギは、そこにあった大きな岩を持ち上げ、黄泉の国の入口を封じました。
岩の向こう側に閉じ込められたイザナミは、「あなたを殺すために、毎日千人を殺す!」と呪いました。
これに対しイザナギは、「ならば私は毎日千五百の命を生み出そう!」と宣言しました。
こうして、人が死ぬ運命と、新たに生まれる命のサイクルができたのです。
黄泉の国からの帰還と禊
黄泉の国から戻ったイザナギは、黄泉の穢れを払うために筑紫の日向(現在の宮崎県)の阿波岐原で禊(みそぎ)を行いました。
このときに、イザナギの身体から新たな神々が生まれ、最後に、
アマテラス(天照大神)…太陽の神
ツクヨミ(月読命)…月の神
スサノオ(須佐之男命)…海と嵐の神
の三貴神(さんきしん)が誕生しました。
この神話の象徴
イザナギの黄泉訪問 → 愛する者を取り戻そうとするも、禁忌を犯し失敗する悲劇的な運命
黄泉の国の呪い → 死と生のバランスの起源(人は死ぬが、新しい命も生まれる)
禊(みそぎ) → 穢れを祓う儀式の起源、清めの概念
三貴神の誕生 → 日本の神々の最高位にある神々の出現
この神話は、日本における「死の世界」と「清め」の考え方のルーツとされ、神道の概念に深く結びついています。
