惑星の発見

占星術で使用される惑星の発見時期と発見者、概要、その時期の主な出来事をまとめました。

惑星に名前が付けられるまでのエピソードなども、どれも興味深くて面白いですね~(*’ω’*)

詳しく見たい方は、ぜひwikiのリンクも貼ってるので見てみて下さい★

★太陽

プトレマイオスの天動説では、地球は宇宙の中心にあると信じられていた。

7つの惑星が月、水星、金星、太陽、火星、木星、土星の順に地球の周りを回っているというモデルが、ギリシアのストア派によって作られた。この惑星の中には、太陽と月が含まれており、地球は含まれていない。

★水星・金星・火星・木星・土星

水星と金星が内惑星、火星、木星、土星が外惑星であるということは、紀元前2000年代のバビロニアの天文学者には既に知られていた。


ニコラウス・コペルニクスの地動説(『天球の回転について』1543年)では、地球は他の惑星とともに太陽を回る惑星の1つであると考えられ、太陽から順に、水星、金星、地球、火星、木星、土星の順で並んでいるとされた。太陽は惑星であるとは考えられなくなった。

引用元

★天王星

名称は、ギリシア神話における天の神ウーラノス(Ουρανός、ラテン文字転写: Ouranos)のラテン語形である。

ハーシェルは新惑星をイギリス国王ジョージ3世にちなみ、ゲオルギウム・シドゥス(Georgium Sidus、ラテン語で「ジョージ星」の意)と名付けた(のちに、sidusは恒星であって惑星ではないという指摘を受け、ジョージアン・プラネット(Georgian Planet)に改名)。しかし、イギリス以外では普及しなかった。

1784年にジェローム・ラランドが提案した「ハーシェル」は、フランスの天文学者の間に広まった。

その後も多くの名前が提案されたが、最終的に、ヨハン・ボーデが提案、空の神ウーラノスに由来する「ウラヌス」が広まった。1827年までにはイギリスでもこの名が最も一般的になり、全ての天文台がウラヌスに切り替えたのは1850年だった。

なお、中国で生まれた「天王星」という訳語が、日本・韓国・ベトナムにも広まった。

名称の由来となったウーラノスは、ギリシア神話の主神ゼウス(ローマ神話のユーピテル(ジュピター=木星))の祖父にあたり、農耕神クロノス(ローマ神話のサートゥルヌス(サターン=土星))の父にあたる。

引用元

発見時期

1781年3月13日

発見者

ウィリアム・ハーシェル

この時期の主な出来事

・1781年3月13日 :ウィリアム・ハーシェルにより天王星が発見される。
・1781年3月16日 :アメリカ独立戦争: ヘンリー岬の海戦行われる。

・1787年~: フランス革命

・1733年~1840年:第一次産業革命

★海王星

発見直後、海王星は単に「天王星の外側の惑星」や「ルヴェリエの惑星」と呼ばれていた。

最初に提案された名称はガレが提案した「ヤーヌス( “Janus” )」というものだった。イギリスでは、チャリスが付与した「オーケアノス( “Oceanus” )」という名称が用いられていた。

ルヴェリエは彼の発見した惑星に名称を付与する権利を主張し、すぐにこの新たな惑星に “Neptune” という名称を提案したが、フランス経度局(英語版)によって正式に承認されたという誤った内容を述べていた。

10月、彼は自身の名に因んで新たな惑星を “Le Verrier(ルヴェリエ)” と命名することを求め、この提案は当時の天文台長であったフランソワ・アラゴからも支持を得ていたが、フランス国外からはこの提案に対して多くの反発が上がった。フランスの年鑑はすぐに、天王星が発見された後に発見者のウィリアム・ハーシェルに因んで使用されていた “Herschel” という名称を天王星に再導入し、新たな惑星に “Le Verrier” という名称を導入した。

天文学者フリードリッヒ・フォン・シュトルーベは、1846年12月29日に帝国サンクトペテルブルク科学アカデミーにて “Neptune” という名称を支持することを表明した。

その後すぐに、Neptuneという名称は国際的に受け入れられるようになっていった。

ローマ神話では、名称の元となったネプトゥーヌス(Neptūnus)はギリシア神話のポセイドーン(Poseidōn)と同一視される海の神である。

この神話に基づく命名の提案は惑星の命名法と一致しており、地球以外の全ての惑星はギリシア神話とローマ神話の神々から命名されている。

引用元

発見時期

1846年9月23日

発見者

ユルバン・ルヴェリエ
ジョン・アダムズ
ヨハン・ガレ

主な出来事

・1840~1842年: アヘン戦争

・1846年7月19日(弘化3年閏5月27日) – ジェームズ・ビドル提督率いる米国軍艦2隻が浦賀水道に来航し通商を打診

・1846年7月29日(弘化3年6月7日) – 仏国インドシナ艦隊司令官セシュ長崎来航。

・1847年11月4日: スコットランドのエジンバラ大学産科教授のジェームズ・シンプソンとその友人が女性の分娩のためクロロホルムを自ら試した。それから1週間以内に30人以上に使用した。

・1853年:ペリーが浦賀に来航

★冥王星

冥王星(めいおうせい、134340 Pluto)は、太陽系外縁天体内のサブグループ(冥王星型天体)の代表例とされる、準惑星に区分される天体。

「プルート(Pluto)」という名前を最初に提案したのは、イングランド・オックスフォード出身で当時11歳の少女・ヴァニーシア・バーニーである。

天文学と同じぐらいローマ神話とギリシア神話にも興味があった彼女は、オックスフォード大学のボドレアン図書館で以前司書をしていた祖父ファルコナー・マダンとの会話の中で、ギリシア神話のハデスに対応するこの名前「Pluto」を選び、それを提案した。

プルート(プルートー)とはローマ神話に登場する冥府の王である。

1930年3月24日、ローウェル天文台のメンバーにより、ミネルヴァ (Minerva)・クロノス(Cronus)・プルート(Pluto)の3つの候補への投票が行われた。同じ名前の小惑星があることが指摘されるまではミネルヴァが最有力と思われたが、最終的にプルートが満場一致で選ばれ、正式に「Pluto」と命名された。

「Pluto」の最初の2文字がパーシヴァル・ローウェル(Percival Lowell)のイニシャルであることもプルートに有利に働いた。

引用元

発見時期

1930年2月18日

発見者

クライド・トンボー

主な出来事

・1929~1930年代後半:世界恐慌。アメリカを皮切りに深刻な経済恐慌が起こった。アメリカの失業率は23%に上昇し、一部の国では33%にまで上昇した。

・1933年:ナチス政権樹立・アドルフ・ヒトラーが首相に任命される。

・1934年:1934年8月2日のヒンデンブルク死後、ヒトラーは首相府および大統領府並びに両権限を統合した上に個人として国家元首の権能を吸収し、名実ともにドイツの独裁者及び指導者になった。

・1939年~1945年:第二次世界大戦

★キロン(カイロン)

ギリシア神話に登場するケンタウロスの一人、ケイローンにちなんで命名された。

キロンは初めて発見されたケンタウルス族の小惑星とされている。

ケンタウルス族の小惑星は軌道が不安定で、キロンもやがて巨大惑星に捕らえられてしまうだろうと考えられている。

引用元

発見時期

1977年10月18日

発見者

チャールズ・トーマス・コワル

主な出来事

・1973年:オイルショック、日本赤軍によるドバイ日航機ハイジャック事件発生。

・1977年:ダッカ日航機ハイジャック事件、青酸コーラ事件、「 八つ墓村」公開。「祟りじゃ〜っ! 八つ墓の祟りじゃ〜っ!」というセリフが流行語に。

・1979年:マザー・テレサがノーベル平和賞を受賞。




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